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性同一性障害+無職ニート

愚痴書いてるだけ

林芙美子「晩菊」の朗読を聴いて思ふ

性別違和 女性ホルモン剤

はぁー、昨晩は全然寝られなかった。久しぶりにラジオ深夜便をたっぷり聴いちゃいました。林芙美子「晩菊」(勝手にリンクしてよかったかな)という小説の朗読が始まり、つい聴き入ってしまい、ますます眠れなくなってしまったのでした;

聴いていて、老いや孤独ってやっぱりつらいし嫌だなって思ってしまって、主人公きんに所々、感情移入したり、色々と考え込んでしまった。

私も、もう少ししたら30代になるのだし、そうなったら少しずつ容姿の劣化が始まってくるのではないだろうか。

それとも、ホルモン剤を服用している限りは、まだまだ劣化は始まらないのだろうか。晩菊の中でも、きんがホルモン注射を打つ描写が出てくる。

まだ中学生の頃、ネット掲示板ホルモン剤に関するスレッドがあり、ホルモン剤を服用しているという40歳の男性が「まだ20代に見られる」と嬉しそうに報告している投稿を見たのを、今でもハッキリ覚えている。

確かに、ホルモン剤を服用していると若く見られる。私も、実年齢に見られたことはないし、髪型も影響しているのかもしれないけど、学生に間違えられることがよくある。

でも実年齢は、四捨五入すれば30歳だよ。例え外面は20歳前後であっても、内面はもう20歳の頃の自分とは違うのを感じる。

こんな私でも、20歳の頃は、根拠の無い自信や希望を持っていた気がする。周りから容姿でチヤホヤされていたし、パートナーが現れて、きっと幸せになれると思っていた。

でも、今の年齢になると、そんな自信も希望も消え失せた。少しずつ、老いの恐怖や、孤独感や、よく分からない寂しさや不安感に包まれるようになった。

今ですらそうなのだから、5年先、10年先は、一体どうなってしまうのだろう。パートナーが望めたら、こんな不安はないのだろうけど、望めないと分かっているから、余計にそれを強く感じてしまう。晩菊を聴いて、そんなことを色々と考え込んでしまったのでした。


今日、母と「深夜便でこういう作品の朗読があってねー」などと話していたのです。やっぱりひとりって寂しいし不安だよ。親の存在とはまた違って、いつも自分のことを隣で支えてくれる存在がいるのといないのとでは、生命力とか、精神的な面とか、色んな物が違ってくるよ。

なんてことを親と話してる26歳って、普通に考えたら何か凄い気がするネ!その晩菊の話は、○○(私の姉のこと)に聴かせたいわね、と母が言った。

姉は、いい仕事に就いて仕事一筋だし、結婚に興味はないといつも言っている。以前書いたように、性格は男そのもの、色気も化粧気もなく、女性らしさは微塵も感じない。

今はまだ、年齢的にひとりでも不安を感じることはないのだろうね。でも、あと10年もしたら寂しくなってくるわよ。あの子が、せめてもう少し女の子らしい所があったら、男の人と上手くいくのだろうけど、あの性格は駄目だわ・・・男の人も寄り付かないだろうね。母は、姉の結婚のことについて心配そうに話していたよ。

あはは、その点、私は男の人に絶対に好かれる性格してるのにね。甘えんぼだし、とことん尽くすタイプだもん。家事も出来るし料理も色々と作れるのになー。

「あんずは女の子に見えるんだから、誰か男の人でも相手できないの?」
「見た目がどうでも“あれ”が付いている以上、男性には相手にされないよ」
「精神的な結び付きだけでもいいっていう人、いないのかしらねえ」

そんな人いないって。いるわけないじゃん。仮に性別を偽って付き合っても、身体を求められる時に即捨てられるのは分かってる。

仮にSRSをして女性器らしきものを持ったとしても、それでも男性に受け入れられる可能性は微々たる物だろうと思う。結婚する以上、男性は子供を望むものだろうし、仮に子はいらぬという人でも、元男性という事実を受け入れてくれる可能性は、そう高くない気がする。

私は男性と結婚した、という人も勿論いるだろうけど、少ない可能性の中で幸運を手にした人の話ほど、説得力に欠けるものはない。

などと彼是と屁理屈をこねて、結局はひとりで生きていくことになるのだろうね。だからこそ、晩菊の主人公きんに、妙に感情移入をしてしまったのでした。

男性に生まれ間違えてしまった時点で、私の人生は終わってたんだよ。そうじゃなかったら、もっと生きる力に満ち溢れていた筈だよ。こんなに生命力がなさそうな人いるかなって、自分で思ってしまったもん。まさにモルモットだー;

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