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性同一性障害+無職ニート

愚痴書いてるだけ

人は、ひとりでは生きていけない

性別違和 性同一性障害

いつもの友達ことララと遊んできた。というより適当にぶらぶらしただけ。ファミレスに行って喋ったり、公園で喋ったり。知り合った頃から、ふたりで目的なくぶらつくことが多かった。

前よりも表情が明るくなったね。と彼女に言われた。確かにそうかもしれない。以前は笑うことが無かったのに、最近は自然に笑ってる。

去年のクリスマス頃は、何を見ても何も感じなかったし、表情がないと言われたりした。極度の精神不安定だったから、彼女の前で急に泣き出したこともあった。

普通、いくら友達でもあまりに病んでいると、次第に避けられていくものだと思う。いつも気にかけてくれることは嬉しかったけど、愛想尽かされて嫌われていくのでは・・・という不安が漠然とあった。

だから、自分から距離を置こうとしたこともあったし、再び繋がりを求めたりもした。本当、精神的に不安定なのって厄介だと思ったよ。

とにかく彼女には色々と助けられてきた。恥ずかしい気持ちも何もなく素直に感謝の言葉が出たよ。大切な友達だから当たり前のことだよ、と彼女はしれっと言うけど、ここまでしてくれる友達は、あまりいないと思う。

「・・・だから、いつか私が結婚するときは、あんずは絶対に式に呼ぶから出席してね」。え?ええ、まあそうですね、いいですけど。。

でも、彼女がいつか結婚する日がくるとか考えたくないなーって思ってしまった。ずっと、このまま永遠に友達でいられたらいいのに。嫉妬心とかではなく、自分がひとり取り残されるような気持ちになるのかも。そう思ってしまった。

 

「そういえば昨日、何時頃まで起きてた?なに話してたの?」あーそうか、ネコカップルの家で、彼女は早々と寝落ちしていた。

ネコ彼氏の仕事のこととか、私とネコちゃんが仲良くなったときのこととか、そんな話をしていた。あと、ネコ彼氏がLGBTを知るきっかけとか、そんな話。

それまでLGBTなんて、聞いたことはあっても、何のことか分からないし関心もなかったと言っていた。でも、恋人であるネコちゃんに、友達に当事者がいると聞いて、それがきっかけで知ったんだって。

普通はそうだよ。友達、家族。近い存在に当事者がいて、初めて関心を持つものだよ。私の母だって、私が性同一性障害でなければ、LGBTなんて全く無関心だった。

LGBTの人たちが「私たちのことを知って下さい」と、常識の範囲内で活動をするのはいいと思うよ。地道な活動によって、少しずつ浸透させていくのであれば、私も応援したい。

でも、どれも常識の範囲外なんだもん。いきなり「私たちを知れ!」みたいな押し付けばかりだし。あのパレードなんて、自分たちからイメージを悪くするように仕向けているとしか思えないよ。


まあ、そんなこと、もうどうでもいいや。

それよりララの「結婚」という言葉を聞いて、色んな思いが交錯してしまった。もし友達がみんな結婚していって、私だけ取り残されて、ひとりぼっちになったらどうしよう。

その前に、私はいつまで生きてるのだろう。いつ死ぬつもりなのだろう。

今でもたまに「生きたいという気持ちはない」と母に言ってしまうことがある。だからこの前も、親より先に死ぬなと言われたのだろうし。

昔から、生きるという気持ちが薄かった。どこかで区切りをつけて死ぬものだと思ってた。今もどこか、そういう気持ちがあるのだと思う。

それが、ここまで育ててくれた両親へ、少しでも“恩返し”をした時点なのか。友達がみんな結婚して、ひとりぼっちになった時点なのか。

それとも、ずるずると生きてしまうのか。私はひとりで生きていける強い人間じゃないから、その可能性は低いけどね。

なんだか急に先が見えなくなってしまった。ちょっと心細い。昨日今日と、友達といっぱい話して、とても楽しくて、そして今の夜の静けさが、まるでお祭りの後みたいで何だか寂しい。。こういう孤独感が、私は本当に苦手というか、耐えられないよ・・・。

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