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性同一性障害+無職ニート

愚痴書いてるだけ

両親、友達、私はみんなに理解され支えられている幸せ者

性別違和 性同一性障害

少し前まで、私は頻繁に精神的に不安定になり、両親を悩ませていた。一因には、心の奥底にある「悩みや苦しみを理解して欲しい」という気持ちと、理解してくれないことへの不満などがあったからだと思う。自分勝手だけど。

両親は、私が不安定になると、よく「精神科に行こう」と言った。私はただ話を聞いて欲しいだけだった。でも母は、聞いてもよく理解できないと言っていた。

分からないものを無理強いしても仕方がないと思い、自分の気持ちを心の奥底に抑え込んだ。それで自分を納得させていたけど、時としてどうしても感情が抑えられなくなり、不安定になっていた。

先月、母が、ネットの性同一性障害に関する記事を熱心に読んでいた。その記事のおかげで、全てではないけど理解出来るようになったと言っていた。それからは、母は私の話を色々と聞いてくれるようになった。

身近な存在である母に話を聞いてもらえるようになって、とても救われた気持ちになった。ジェンダークリニックの専門医なり精神科医に聞いてもらうのも、それはそれでいい事だけど、親や友達に話を聞いてもらえるほうが、気分的にとても楽になるんだよね~。身近な存在に理解してもらえるのって、やっぱり違うなって思った。

私は恵まれている部分もあるんだよね。友達もとても理解してくれているし、私を女性として扱ってくれて、話をいつも聞いてくれる。だから本当に感謝しているんだよ。

父はこういう問題には直接は関わってこないけど、母の話を聞いていると、少しずつ、少しずつ、理解しようとしてくれているのが分かるんだ。私も直接ではないけど、晩御飯を作る時、父の好きな料理をそれとなく作ったりして、間接的に感謝の気持ちを表したりしているよ。

まだ不安定になる事はあるけど、その都度、母が真剣に話を聞いてくれる。理解しようとしてくれる。以前よりも不安定の度合いが軽くなってきている気がするし、立ち直りも早くなった。精神科で処方してもらう薬に頼るよりも、このほうがとても気持ちが楽になるよ。

それだからかな、以前、頭の中を支配していた超ネガティブな言葉が、あまり浮かんでこなくなった。まだ前向きではないけど、少しずつ前向きになろうとしているのが、自分でも分かる。

今日、ハートネットTVを見ていたら、フィンランド西ラップランドの精神医療のことをやっていた。投薬、入院を極力行わず、患者と医師たちが対等な立場で対話を重ねて互いに理解し合うという、独自の治療を行っているという。

治療には、医師だけではなく、スタッフ、患者の家族、友達、学校の先生なども参加する。患者にとっての身近な存在と言える人たちと理解を深めて解決していくのだという。投薬がメインだった頃は患者が増える一方だったのに、この方法だと7割以上が社会復帰したんだって。

見ていて、なんか凄く分かるなーって思った。今の私がそうだから。精神科に掛かることも、決して悪いことだとは思わないよ。でも“お医者さんに話を聞いてもらう”という、決して対等とは言えない関係の中で、私は心を開くことなく、適当に悩みを話して薬を出してもらっているだけだった。

だけど親や友達だと、気持ちの全てを開放して、安心して悩みを話せるんだよね。そういう存在と悩み事を共有できること。これって本当に大切だと思うよ。日本の精神医療の大半は投薬ありきだからね。医者なんて、どうせ話しても右から左へ抜けて行ってるよ。仕事だもん。

性同一性障害の人で、両親に理解されず、誰にも悩みを話せずにひとり抱え込んでいる人って、本当に苦しくて仕方がないと思うんだよね。性同一性障害の人の自殺率が、国を問わずに高い傾向にあるのは、容姿の問題だけではなく、ひとりで悩みを抱え込んで病んでしまったり、そういう背景があるのではないかな。

ジェンダークリニックや精神科が、そういう人たちにとって救いの場となっているのかな。そうだといいんだけどね。・・・ああそうか、だからLGBTの集まりに参加して、救われている人もいるんだよね。。

この前はちょっと酷いことを書いてしまったのかもしれない。気を悪くしてしまった人がいたのなら、ごめんなさい。。。

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