読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

性同一性障害+無職ニート

愚痴かいてるだけ

はじめまして

幼少期から性別違和に悩み続けながら生きてきた26歳♂です。無職ニートくんです。精神に若干病み有。ホルモン剤服用、約7年。高卒低学歴。文章力がない為、稚拙な文章が多いかと思います。

17年5月2日に追記です。ホルモン剤の副作用で、深部静脈血栓症を発症しました。本当はタブーですが、医者に黙ってホルモン剤の服用を続けています。

 

私は平凡な中流家庭に生まれました。2つ上の姉がおり、姉は実に男らしい性格で、私はその逆でした。幼少期から、近所の男の子たちとは全く馴染めず、男子の友達はいませんでした(女の子は少しだけいた)。

私は、小さな頃から自分の身体に強い不快感を抱いていました。姉が買ってもらう女の子向け玩具に憧れ、男の子用の玩具には関心を持ちませんでした。

ただ、当然ながら両親は、私を男の子として見ており、私が女児向け玩具を欲しがっても「男の子なんだから」と、相手にしてくれませんでした。

私の、小さな頃からの憧れは「お嫁さん」でした。野球選手、警察官、消防士。男の子の定番には、全く興味が持てなかったです。素敵なお嫁さんに憧れていました。

小学校に入った頃から、次第に自分の裸を両親にも誰にも一切見せないようになりました。ついている物が嫌なのと、自分の身体が男だと言うことが本当に嫌だったからです。両親に裸を見せたのは小学2年生頃が最後です。

学校の旅行行事は、親に頼み込んで全て休みました。母も、何となく察してくれていたようです。体育(主に水泳)も頻繁に休みました。

ある時、先生が何度か自宅訪問をしてきました。両親と何を話したのかは分かりません。でも、母は私を庇い続けてくれました。

ある日、新聞に、性同一性障害の男子中学生の記事が載りました。母は、その記事を読んで、自分の子もそうなのではないかと思ったそうです。

中学生になって、日記を書き始めました。友達がいないこと、両親を含む誰にも、性別違和の悩みを相談できなかったことで、苦しみが増していました。その苦しみを書き綴って、発散させていました。

中学、高校は、小学生の頃と同じような感じで時間が流れていきました。旅行行事は全て休みました。私は、修学旅行を一度も経験したことがないのです。水泳の授業も、殆ど経験していません。

小中高と結局、友達は出来ませんでした。男子とは話が全く合わなかったです。約12年間、いじめを受け続けて終わりました。オネェタレントらの名を挙げて、同類のオカマだと言われ続けました。

大学に進学しましたが、人間関係などに馴染めず、結局、半年で中退しました。この頃、性別違和の苦しみが爆発して、自傷行為や拒食に走りました。

そして、両親に性別違和を告白した後、ジェンダークリニックに通うことになりました。母親も何度か同席してくれました。

1年少々通院の後、診断が出ました。初めてホルモン剤を服用することになりました。

手術、戸籍変更も考えたことがありました。でも、私は選択しませんでした。

私は、妊娠した人や、子供を連れた女性を見ると、いつも気持ちが落ち込んでいました。男性と恋愛して、結婚して、子供を生んでみたい気持ちが強かったのです。手術ではどうしようもないので、諦めざるを得ませんでした。

そして、ジェンクリに希望を見出せなくなり、通わなくなりました。絶望しかない状態でした。毎日が憂鬱でした。

そして、気がつけば水商売の世界に足を踏み入れていました。なにか気が紛れるような、賑やかな世界で働きたかったのと、とにかく人恋しかったのです。

そこでは色々な経験をしました。楽しかったし、怖い思いもしました。恋愛も経験しました。

だけど、失恋して精神がボロボロになり、引き篭もりがちになりました。男性を演じることにも疲れ、精神が破綻したような状態になりました。その後、両親の意思で精神科に連れて行かれて、うつ病と診断されました。

…で、現在に至ります。でも、友達や両親のサポートもあり、結構気楽に生きています。本当にうつ病なのかなあ?