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性同一性障害+無職ニート

愚痴書いてるだけ

アクセス数のこと

1日遅れての雛祭りを本当にやってくれた。ちらし寿司と、ハマグリのお吸い物と、ケーキを食べた。味は…よく分からなかったけど、涙が出てきそうだった。

雛祭り自体はどうでもよかったけど、母は私の為にしてくれたのだし、父も、私の精神状態が少しでも前向きになればと、壁紙を綺麗な明るい物に貼り替えてくれた。こんなどうしようもないクズ息子に、両親はここまでしてくれる。そんなことを思っていたら、こみ上げてくるものがあったんだ。両親には、まだまだ元気で長生きしてもらいたいな。本当にありがとう、と口では言えない天邪鬼。

ところで、このブログのアクセス数が変なのです。12月の終わり頃に、月間PVが100に達したと通知が来た。1月の2週目が過ぎた頃、PVが1000に達したと通知が来た。ちょっと怖かった。2月は何も通知が無かったので、元のアクセス数に戻ったのだろうと思った。

ある日、ホルモン剤血栓症のことを調べたくてググっていた。そしたら、このブログが結構上位に出てきた。「えっ!?」って思ったよ。思わずアクセス解析を見たら、総アクセス数が5000を超えていた。怖くなった。

去年の4月、アメブロでブログを始めた。1年前、精神状態はここまで酷くなかった。ブログを通して、性別違和の悩み・苦しみを持つ人たちと交流を持ちたかった。ネット上だけでもいいから、悩みを共有できる仲間が欲しかったんだよ。だから毎日アクセス数を気にして、アクセス解析を見ていた。

ところがアクセス数0が続いた。2ヶ月ほど経って、1日に5アクセス程度になった。でも、誰もコメントをくれなかったし、「いいね!」ボタンを押してくれるのは99%が業者だった。結局、最後までアクセス数は増えず、性同一性障害の仲間はできなかった。

本来は、自分から他の人のブログに訪問して、挨拶して、仲間に加えてもらうものなのだろうね。でも、そういう交流に慣れていなかったから、コメント欄に何を書いていいのかも分からず、考えているだけで疲れてしまって、何もできなかった。

去年の夏ごろから、精神の病み具合が悪化してきた。アクセス数なんか、もうどうでもよかった。自分のブログに表示される「芸能人ブログランキング」が、次第に不快に思えてきた。エビゾー、北斗、小林マオ…何だか知らないけどうざい。とにかくうざかった。自分が苦しいのに何が芸能人ブログ。。アメブロが嫌になった。去年の11月に退会した。

それで12月、ここで再度、ブログを始めた。性同一性障害の仲間が欲しいのではなく、アクセス数が欲しいのではなく、単に愚痴を吐きたかった。精神状態も、かなり悪化していた。誰とも交流はしたくなかった。

だから、コメント欄、いいねボタン、読者登録ボタンなどは全て排除した。キーワード設定も、PING設定も、検索サイトやブログサイトへの登録も一切していない。偶然ここを見た人で、共感してくれる人が定期的に読んでくれたら、それでいいと思った。アクセス解析なんて興味なかったし見なかった。多分、アメブロの頃と同じだろうと思った。

…で、2月だけで3000アクセス近くある。正直、怖くなった。別に面白いことは書いていないよ?性同一性障害を自称する自己女性化愛好症の人や、増え続ける性同一性障害もどきに対して罵詈雑言を書きまくっただけ。あとは愚痴などを感情に任せてめちゃくちゃに書いただけ。なんだけどなぁ。。

まあ、ブログのサービス会社が提供している無料アクセス解析なんて、数の水増しが酷そうだけどね。実際は1/100くらいだったりして。そのほうがホッとする。私は、リアルもネットも目立ちたくないもん。。

とはいえ、アクセス元はグーグルが圧倒的で、次いでヤフーということを考えると、検索でやってくる人が圧倒的に多いみたい。万が一、姉とか友達に見つけられたら嫌だな。私だと特定されそうな情報は消しておこう。。

でも、この数字がいつまでも続くとは思ってない。そのうち落ち着くと思うよ。いつも見に来てくれる人が少しでもいてくれたら、それでいいよ。私のつまらない愚痴に付き合ってくれる人がいてくれたら、それでいい。いつもありがとね。

ちなみに、NHKのシブ5時で、ブログで愚痴を書いてストレスを発散するのもひとつの方法って言ってたね。ブログでめちゃくちゃに書きまくるのって、結構スッキリするよ。でも、それで誰かを傷つけていたら、、、と最近、考えてしまうのだけれども。。。

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自分らしく生きることの大切さ

明日、お雛祭りやってくれるんだって。わーい嬉しくない。。こんな年齢になってからしてもらっても。もう遅いんだよ。小さな頃だったら心の底から嬉しかっただろうけど。もう長年、男として生きてきたんだから。今更どうだっていいよ。

ブログを始めた頃、私は幼少期に女の子向け玩具や服などに興味はなかったと書いたと思うけど、それはそういう感情を抑えてきたから。この前、書いたように、シルバニアファミリーが欲しいと言って親に笑われて、事ある毎に「男の子なんだから」と言われて、自分は男らしく生きなければならないと、そうやって言い聞かせて生きてきた。

でも、抑えがきかずに時々暴走した。私さ、キキララが大好きだったんだよ。子供の頃、姉がキキララグッズを買ってもらっているのを見て羨ましかった。中学生になって親に初めて携帯電話を買ってもらった時、キキララのシールを貼って待ち受けもストラップもキキララにした。堂々と人前で使ってたよ。友達がいなかったから家への連絡にしか使わなかったけど。

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母は、私が中学生になる前から、私が普通の男の子とは違うという事は気付いていたらしいけど。新聞に、性同一性障害の男子中学生の記事が載っていて、よく似ていると思ったそうだ。

でも、私は「男として生きる」ことが親を安心させると、ひたすら自分に言い聞かせていた。その内、精神が持たなくなってきて病んでいった。苦しくて自傷行為をしだした。そうやって、ずっと男として無理やり生きてきたんだ。今になって雛祭りなんかされても。。

この前、放送していた「ジェンダー革命」でも、同じような人がいた。女の子の服がいい、と言ったら親からも店からも拒否されて、諦めて男らしく生きる道を選んだ。でも、歳を重ねても気持ちは変わらず、結局はトランスジェンダーになったわけだ。あの放送に出てきた人たちの気持ち、痛いほどによく分かる。録画しておけばよかったよ。再放送なさそうだもんなぁ。

ああそうだ、番組中でもやってましたよ。ここ数年で、トランスジェンダーを名乗る人の数が倍増したって。当事者に、この現象をどう思うか聞いていたけど、「流行で気軽にトランスジェンダーになる人が増えた印象」みたいなことを言ってた。

アメリカだけではなくて、何となく日本でもそんな気がするよ。前にも書いたけど、性同一性障害の人が多くなった気がするもん。「多分、性同一性障害です」とか、なんだそれって思うなぁ。…ごめん、また愚痴ってしまいそう。あーなんでもいいや。うんうん。

アメリカのトランスジェンダーたちって、人目に関係なく、自分がこうしたいから、自分らしく生きたいから、という理由で、えーっと、まあ似合ってない人が結構多かったのですが、レディースファッションなわけです。

トイレの問題もやっていたけど、FTMの学生が、男性トイレの使用を求めて教育委員会で意見していた。提示された案は「男女共同トイレの使用」。でも、その人は納得がいかず、今後も裁判だったかな、何かで訴えていくと言っていた。妥協したくない、自分らしく生きたい、と言っていた。

どちらの人たちも「自分らしく」って言っているのが、とても理解できたんだ。私みたいに自分を抑え込んで生きても、何も楽しくないもんね。私は自分を殺して生きてきて、こんな状態になってしまったんだなって。散々、人のことを批判してきて、自分がそう生きて来られなかったことへの嫉妬なのかな。その辺の自分の感情はよく分からないけど、誰かを傷つけていたりしたのなら、申し訳ないと思います。

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とても男らしい女子と とても女らしい男子

思い切り気分が落ちた。なんだろこれ。散歩とか無理。涙が勝手に出てくる。よく分からないけどつらいんです、どうしたらいいんだろう。パキシル減薬中で止めようかと思ったけど、やっぱり飲んだほうがいいね。別に副作用で自殺願望が出てもいい。どのみち今も変わんないもん。今度、病院に行った時、もうちょっと量を増やしてもらえないか聞いてみよう。

はぁ、生きてるのつらい。何の希望もない。楽しくない。ご飯も美味しくない。身体きもち悪い。男性化こわい。ホルモン剤のみたい。女性に生まれ変わりたい。男性と普通に恋したかった。もうしんどい。何で生まれてきちゃったかな。こんな人生、拷問じゃんか。。

aikoみたいなぶさいくでいいから女性で生まれたかった。可愛いとか言われてちやほやされても、女性にもてても、そんなのどうだってよかった。女性と付き合ったって、かえって苦しかっただけだもん。

性別違和くるしい。。頭がおかしくなりそう。女性を見ると気が狂いそう。男性を見ても何も思わないけど、女性を見ると落ち込みが酷くなる。はぁーもう終わってる。私は何もかも終わってる。消えたい。

性別違和は本当につらくて苦しい。そういえば高校の同級生の女子にひとり、まるで男子みたいなのがいた。女子とは思えない言動だった。まるで男子そのものだった。実際、いつも男子と仲良くしていた。彼女は、一人称が「オレ」で、髪の毛はいつも短髪だった。

彼女は、別に私にいじめ行為をしてくることもなく、普通に話しかけてくれたりした。何と言うか、性格的にサバサバしていて、本当に男子と喋っているみたいだった。日本のロックが好きで、よくビートクルセイダーズや亜矢(グランジの…知ってるかな?)などのCDを貸してもらった。

卒業後しばらくして、その彼女と偶然ばったり再会した。男性っぽい服装で、ズボンのポケットに手を突っ込んでいた。お互い家が結構近かったので、私の家に案内した。

彼女は椅子に座らずカーペットの上に胡坐をかいていた。とても男らしかった。まるで男子の友達が遊びに来たみたいだった。オレは~なんだよな!とか、彼女はこんな口調でずっと喋っていた。

彼女は、男というか恋愛自体に関心なんか無いと言っていた。どうせなら男に生まれたかったな。女の服なんか着たくない。などとサバサバとした感じで言っていた。私は逆だよ。女性に生まれ…でも私の気持ちは言えなかった。下手に同級生たちに広められたら困ると思った。

帰り、彼女はタバコを吸いながら帰っていった。まだ19歳じゃ…。いいんだよ、カッコいいだろ。そんなことを言っていた。帰り際、「お前、もっと男らしくしろよな、そんなんだからオカマって言われるんだよ」なんて言われた。

今思えば、彼女は性別違和を抱えていたのではないだろうか。ボーイッシュというレベルではなく、完全に男だった。その辺の男子より、ずっと男らしかった。顔つきも男らしかった。完全に男性に移行しているFTMの雰囲気に近かった。

それからしばらくして、私はジェンダークリニックに通院し出した。あれから彼女とは一切会っていない。もし今、私を見ても気付かないだろね。彼女も、もしかしたら“彼”になっていたりするのだろうか。なんだか、そんな気がしないでもない。あれは完全に男性の思考をしていたから。意外と裏で苦しんでいたのかも、ね。

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右も左も馬鹿ばかり

心が病んでから、地上波のテレビ番組はどれも煩いノイズにしか聞こえなくなった。朝から掘北真希が引退だとかまじでウルサイ。物凄くイライラする。でも、例の幼稚園の問題映像が流れてきて、これには正直、驚いてしまったよ。

で、教育勅語って何?母に聞くまで本気で分からなかった。何だか難しそうなものを復唱できるなんて、私より賢い子たちだネ。園長とっても臭そう。加齢臭じゃなくて、田母神と同じ臭いがする。何となく顔も似てる。わんこの臭い云々言う前に、自分たちが臭ってるよ。

というか右も左も気持ち悪い。どちらも一週回って何とやらの同類だよ。どう生きてきたら、あんなに偏れるのだろうね。

私が通った小学校も、何となく似ている部分はあったなぁ。校長が右思想で毎朝、朝礼があって、行進をしながら運動場を一周して、国歌斉唱&国旗掲揚、そして校長のとーっても為になるお話を長々と聞かされた。あまりに長いので、気分が悪くなったり、しんどくて座る生徒もいた。それと行進って、運動会みたいな普通の行進じゃないよ。ピシッと、軍隊みたいにしっかりやらないと怒られた。

とにかく校長の支配力が凄くて、頼りない先生は、生徒たちの前でも容赦なく校長に怒られていた。先生たち、特に若い女性の先生なんかは、怯えているのが子供ながらに分かった。今考えると、まるで昭和にタイムトリップしたような異常な学校だった。

例の幼稚園、お昼ごはんを時間内に食べ終わらないと、廊下で食べさせられるって報道されていたね。私が通っていた小学校の給食は、時間内に食べ終わらないと、皆が自由時間になれないという連帯性だったんだよ。

私はアレルギーを持っていて、果物全般、メロン、スイカ、キュウリを食べると、口元が赤く腫れたり、気持ち悪くて吐きそうになったりする。でも、当時はアレルギーだなんて分からなかったから、親も嫌いなだけだろうと思ってたみたい。

給食でそれらが出たら、いつも牛乳で無理やり流し込んで・・・でも気持ち悪くなるんだよ。だから食べるのが遅かった。早く食えよって、よく言われてた。給食の時間は苦痛だったなぁ。

私が体育(というか水泳)の授業を休みまくって、担任たちが家に来たって前に書いたよね。何を話したのか、内容を聞かされていなかったけど、母がこの前、話してくれたよ。成績も悪いし、学校は休みがちだし、水泳サボるし、友達もいないみたいだし、特殊学級に入れたらどうですか?と言われたんだってさ。

断ったら「また来ます」と言って帰って、そしてまた来た。何回か来たのは知っていた。で、「お宅のお子さんは落ちこぼれ」って言われて、母がぶち切れたんだって。うちの子は落ちこぼれじゃない、絶対に特殊学級なんかに入れるか!って。例の幼稚園の園長のことを聞いていると、なんか考え方とか物言いが似てるなって思った。

ちなみに、その翌年から校長が変わったんだよ。とても優しくて素敵な校長先生だった。不思議な物で、学校の雰囲気ががらっと変わった気がした。朝礼も無くなったし。だから森友学園、だっけ?何だか子供たちが可哀想だなって、ちょっぴり思いました。

でね、中学校は、日教組に乗っ取られたような極左学校だったんだよ。入学式で、君が代が流れても先生たちの多くは起立していなかったし、職員室の先生たちの机の上には「日の丸、君が代反対!」と書かれた小さな旗?みたいなものが置いてあって、壁にもあちこち貼ってあったよ。

朝鮮学校の生徒たちとの交流会もあったなぁ。あと、在日韓国人の人たちとの交流会とかね。日本は過去、韓国に酷いことをしました。日本は、日本は──。日本の悪口しかなかった。日本人として、どう感じたのか、感想文も書かされた。アリランという歌を歌わされた。イムジン川という歌も歌わされた。洗脳された生徒もいたかもね。

私の、右翼への印象は、弱者や無知な人を見下し邪魔者扱いする。左翼は、弱者や無知な人を見下し悪い意味で利用する。つまりどちらも、ろくなものじゃないって感じだよ。

特殊学級に入れられそうになる位お馬鹿なので、いつも文章がめちゃくちゃでごめんね。母が「今年は雛祭りやろうか。うちにはもうひとり“女の子”がいるから」だって。もう年齢的に遅いよ。

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やらしーこと、しようか

今日も気分の落ち込みが酷かった。散歩無理。眉毛を整えたりとか全然しなくなっちゃったよ。夕方か夜になると結構ラクになるんだけどね。でも全然よくならないよ。何とかしないと。。

テレビで、受動喫煙対策で法改正云々とやってた。よく考えたら、バーで働いていた3年間は、毎日のように副流煙を吸っていた。女性客のほうが喫煙率が高かった気がする。キャバ嬢が多かったからね。まあ煙たかったけど、働いていたときって楽しかった。色々とスリルもあって面白かった。

前に、働いてるときに、お客さんから時々おこづかいを貰っていたと書いたけど、その人はどうも「ぼーりょくだん」の関係者だったみたい。でも身なりはきちんとしたスーツで、全然、変な人じゃなかったよ。

その人が初めて店に来たとき、オーナーが接客して、そのあと私が相手をした。そしたらお金をそっと出して「これで服でも買いなよ」って。断ったけど、オーナーが「いいからいいから」って言うので、仕方なく貰った。あとからオーナーが、あの人はソッチの筋の人だ、って。怖くて震えちゃったよ!

それで定期的に来るんだよ。そして私が相手して、また貰って。オーナーが「お前に気があったりしてな」と言うもんだから、違う意味で震えた。私は同性愛者じゃないっ。でも、話している内に、異性愛者だと分かった。ちゃんと彼女がいるって言ってた。何にしても、しばらくズルズルと貰っちゃったよ。

私が勤めていたバーは、ちょっと普通のバーとは違っていた。バー+ホストクラブ÷2みたいな感じ。でもボーイズバーとは違うよ。オーナーは元々ホストクラブなどを運営していた人で、たまに教え子?のホストが、お店に遊びにきていた。歌舞伎町でも結構有名な店舗のホストだったので驚いたよ。

だから最初の頃は、オーナーの筋で変わった職種の人が多く来店していた。前にも書いたっけ、風俗嬢とか、SMの女王様とか。風俗嬢の人、すごくしっかりしていたよ。政治にとても詳しかったもん。意外と右寄りな思想でびっくりしたけど。

SMの女王様はですね、どうも私のことを気に入っていたらしくて、連絡先を教えて欲しいと言われたので、素直に番号を教えた。ある時、食事に誘われたので、これまた素直に約束をした。

で、結構高そうな和食料理屋で奢ってもらって、すっかり暗いし帰ろうとしたら、ちょっと話していかない?って言われて、しばらく公園で話したのですよ。もてるでしょ?とか、彼女はいるの?とか色々聞かれた。その時はまだ恋人はいなかったし、ぜーんぶ素直に答えた;

そしたら、初めての相手してあげようか。と言ってきた。何のことか分からず「ん?」ってなったよ。要するにヤラシーことしようって言ってるのか!?と遅れて理解した。

これが普通の男性なら、喜んで!となるのだろうね。私は既に大量のリノラルとシテロンで女性化していたから、性欲なんか無かったんだよ。かと言って、男性で通していたから、実はホルモン剤をですね、なんて言えないし。

そのあと、あまり記憶にないけど、必死に断ったのは覚えてる。自分が、女性とそういうことをすること自体、想像できなかった。笑われるかもしれないけど、えっちなことをすると何だか自分が汚れるような気がした。あとでオーナーに知られて、情けねー!って笑われた。情けない男、そういうことにしておいた。性同一性障害であることがバレることのほうが、怖かったから。

しかし、私の話というのは基本、常識から外れた変なものばかりだね。水商売の世界に1年でもいると話すネタに困らないって、誰かが言ってた気がするけど、本当にその通りだよ。密度が濃くて、短期間で色々なことを経験する。他にも沢山の出来事があったよ。ちょっと怖い思いもあったけど、でも刺激があって楽しかった。はぁ、思い出にすがってばかり。

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悩んで疲れたら もう休んでいいんだよ。。。

昨晩、ナショジオチャンネルで放送していた「ジェンダー革命」を見た。私は自分が当事者でありながら知識は無いので、見ていて所々難しかったけど、考えさせられたと言うか、とてもいい内容だったよ。

最初はインターセックスのこと、中盤からはトランスジェンダーを詳しく取り上げていた。4歳にして性別の違和を訴えた子、12歳で二次性徴抑制ホルモンを打っている子や、逆に高齢(確か70代だったかな)のトランスジェンダーなども紹介されていた。みんな、自然と幼少期から女の子向けのおもちゃ、服を選んでいたみたい。

また、トランスジェンダーの自殺者数・自殺未遂の多さ、職に就けない等の理由で悲惨な生活を送っている人や、全体的に社会的地位が低い人が非常に多いこと、未だに差別が多く、殺される人が多いことなども取り上げられていた。

あるMTFは、かつてレジ係として働いていたレストランで、不当に解雇された。女性客が店長を呼び、あの人は女性用トイレを使っているのか、とクレームを受けた。直後に、店長は「仕方ないんだ」と、解雇を言い渡した。

そのMTFさんは今、同じくMTFの人が経営するレストランで働いていて、そのお店はトランスジェンダーを積極的に採用しているんだって。他にもMTFがいて楽しそうだったよ。日本にも、そういうお店が増えたらいいのにね。FTMの一般求人は結構見かけるのだけど、MTFの求人はニューハーフ系の仕事ばかりだもん。

あと、性別適合手術のこともやっていたよ。80歳で手術を受けた人とか、ずっと自分の身体が嫌だったのだろうね。手術医自身が、性別適合手術を受けたMTFというのは驚いた。手術を受けた後の人たちが皆、幸せそうなのを見て、ちょっとうるっときちゃったよ。私自身は手術に否定的だけど、本人が幸せになれるのなら、それでいいと思うよ。

番組は主に、10代の若いトランスジェンダーたちのことを掘り下げていた。みな、前向きに、未来に希望を持って生きていた。次世代のトランスジェンダーが、より暮らしやすい世の中にするために、自分たちが少しずつ変革を起こしたい。だからジェンダー革命(原題:gender revolution)なんだね。

自殺者が多い現実を踏まえて、トランスジェンダーには生きて欲しい、という言葉が、とても心に響きました。できたら、表には出てこない、人生くすぶっているトランスジェンダーや、私のように悩み苦しんでいる人のことも、詳しく調べて欲しかった、かな。

若いトランスジェンダーはいいなぁって、ちょっと羨ましかった。私も、15年くらい遅く生まれていたら、もう少し違った人生だったのかも。性同一性障害というものが認知されている現在に、子供時代を送られていたら、もっと早く選択肢が与えられて、もっと前向きに生きていけたのかも。

例えば、私は小さな頃、女の子向けのおもちゃが欲しかったんだよ。シルバニアファミリーに凄く憧れていて、これが欲しいって言ったら、母に「男の子なのにこれが欲しいの?」と笑われて、父にまで笑われて、それ以来、絶対に女の子向けのおもちゃに興味を持たない!と決めた。自分は男なんだ、ってね。

でも、男の子向けのおもちゃを買ってもらっても全然、嬉しくなかった。だって本当に興味が無かったもの。だから小学校高学年の頃からは、いつも花の苗を買ってもらっていたよ。母は、笑ったことを覚えていなかったけどね。子供心に凄く傷ついたんだけどな。ただ、当時は性同一性障害なんて、誰も知らなかったのも事実なんだ。

何を言われようと、意地でも自分の主張を曲げなかったこともある。それは箸の色。私は子供の頃から今に至るまで、ずっとピンク色の箸を使っている。何故か分からないけど、とにかくピンク色がよかった。やっぱり「男なのに?」と言われたけど、これは意地でも曲げなかった。

あはは、やっぱりタラレバ定食の話になっちゃってる。今日も気分がどん底だったよ。散歩も何もできなかった。自分の身体のこととか、孤独感とか、そういうことを考えるだけで涙が勝手にぼろぼろ流れてきてしまうんだよ。

母が、病院は合っているのかと聞いてきたけど、合う合わないではなく、原因は性別違和だから、どこの病院に行ってもどうしようもないよって、もうハッキリと言っておいた。死ぬまで苦しみからは解放されないだろうね。

お風呂の湯船に浸かっていると、自分の身体が見える。下のものも見える。また勝手に涙が出てくる。自分の意に反して。まるで拒絶反応みたいに。

私は、容姿や体格で深く傷ついたり悩んでいるMTFさんたちの気持ちは、痛いほど分かるよ。自分の身体を見れば落ち込むだろうし、骨格とか、どうしようもない事実も。生きろ、なんて綺麗ごとは言わない。悩んで、疲れて、もう休みたくなるよね。私たちみたいな人間は、どうしたらいいんだろうね。本当に疲れたよ。。

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だめだ…昨晩は涙が勝手にぼろぼろ出てくるし、朝から気分は激重だし、動けないし、やっぱり勝手に涙が出てくる。せっかく晴れているのに、日光浴も散歩も何もやる気が起きない。

何だか一時の酷い状態より、また輪をかけてしんどさが増してる。ここ数日、楽になっていたのに、まるでリバウンドみたいだよ。気分が重いというか何というか、うまく表現できない。ただ、つらい。。

母が私の顔を見て「顔色が悪い、真っ青」と言っていた。泣きまくって目も腫れているだろうし、きっと酷い顔してるんだろうな。頭も痛くてガンガンしてる。泣くと頭が痛くなる。

はぁ、死にたくないような、でも死んでしまいたいような。。また、生きてることがつらい、という感覚が復活してしまってる。自分が生きてる意味が分からなくなってきてる。誰にも必要とされていない孤独感や淋しさが、また出てきてる。

昨日のランチも、店内はカップルでいっぱいだったもんな。食事自体どうでもいいのに、隣で楽しそうに会話してる二人の声が聞こえてきて、余計に気分が沈んでいた。洒落た店なんか金輪際行きたくない。もう外食自体、二度と行きたくない。

だめだ、本当にだめ。この先が何も見えない。絶望しか見えない。全てが絶望でしかない。いくら母が死ぬなといっても、この苦しみから抜け出せる方法は、それしかないよ。。

苦しい、苦しいよ。。心がパンク寸前で、さらに自分の身体の嫌悪感が追い討ちをかける。こんな顔、何が可愛いもんか!所詮オスの顔と身体じゃんか!気持ち悪いんだよ。ぶすでもいいから女性が良かったんだよ!ホルモン剤が無かったら醜いだけのただのオス。もう嫌だ。耐えられない。

物凄い自傷衝動が襲ってきてる。頑張って抑えてる。そうしたら今度は物への破壊衝動が襲ってくるんだろう。せっかく綺麗にしてもらったんだから、これも何とか抑えないと。何なんだこの感情は。やっぱり薬のまないと駄目なのか。

うう、、お酒に頼るのはやめたのに、また頼りたくなってる。デパスと一緒に飲みたい。ふわふわして、嫌なことなんか忘れたい。。

ダ・カーポの鳩の詩が心に沁みる…ここにおいでよ 淋しいなら わたしも同じ ひとりぼっち…涙があふれて止まらない。。

でも、誰かに手を差し伸べて欲しいというより、消えてしまいたいんだよ。何もかも終わらせてしまいたい。苦しい、苦しい、ただ苦しい。。。涙がずっととまらない。。

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